昔ながらの糕団の誉れ
蘇州人の生活に息づく季節感覚は、米粉で作った蒸し菓子である「糕団ガオトゥアン」への愛にもうかがうことができる。糕団の老舗「黄天源」では春節期間中に大量に売り出す贈答セットの準備を二か月前から始める。上白糖・木犀シロップ入り年糕、バラ・ミント入りのラード年糕、八宝飯、そして小さいな団子の組み合わせは、蘇州一般庶民の間でいちばん人気の「四大スター」である。
*年糕とは練った白玉粉を蒸した菓子のこと
「桂花糖年糕」はいちばん気ままに食べるもので、昔の蘇州人は薄く切ってコンロで焼いて食べ、部屋は米の香りでいっぱいになったものであった。旧正月元日には、蘇州の人々は小さく切った糖年糕(甘い年糕)と「小圓子」(小さな団子)を一緒に煮て、そこに房に分けたミカンを入れる。これは「橘絡小圓子」と呼ばれ、“団圓”(肉親の再会)や“甜密”(楽しい、幸せだ)の寓意である。
桂花糖年糕(木犀シロップ入り年糕)
また、「ラード年糕」をいかに美味しく食べられるか、そこに新旧蘇州人の違いがある。「ラード年糕」の中にはよく漬け込まれたブタのラードが入っていて、そのまま食べることはできない。そのため店員は客が蘇州人ではないと見ると必ず一言説明を添える。「ラード年糕」は溶き卵にくぐらせたあと焼いて食べてもいいし、春巻きに包んだあと外がカリッと中はもちっとなるまで揚げてもいい。
江南雅厨・半庭嘉宴餐庁では黄金色になるまで油で焼いた「ミント・ラード年糕」をパリッとした海苔で包んで黒砂糖のソースをかける。この店独自の開発によるもので、年糕の香りと柔らかい食感をさらに感じられる食べ方である。
蘇式茶餐庁の改良点心
蘇幇菜(蘇州料理)の割烹技芸継承人である汪成によると、蘇州式点心は6種類に分けられる。糕団のほかに、湯包、小籠包などの麺屋の点心、焼餅、酥餅などの餅饅点心、茶に合わせる茶食、露店や屋台の小喫(軽食の類)、そしてもっとも精緻な宴席点心である。宴席点心の味わいには塩味から甘味まである。
汪成はこう語る。「甜点(甘い菓子)の特徴はつぎの8文字にほかなりません。つまり、甜ティエン(甘味)、肥フェイ(脂の旨味)、糯ヌゥオ(もっちりとした食感)、香シャン(香ばしさ)、軟ルゥアン(柔らかさ)、酥スゥ(さくさくとした食感)、松ソン(ふわふかとした食感)、脆ツゥイ(歯触りのよさ)です。これは蘇州人が好む口当たりなのです」。
糕団の専売店黄天源のように、蘇州式点心はこれまでずっと専門店が一手に扱ってきた。しかし、お客さんにもっとバラエティ豊かな選択をしてもらう店があってもいいはずだ、汪成はそう考えていた。そこで彼は退職後、息子の汪涛と共に「半月斎」を開いた。彼が考えるこのレストランの位置づけは「蘇式茶餐廳」である。香港式茶餐廳のような、料理を頼むことができると同時にいろいろな小喫や点心も味わえる、そんなレストランだ。「半月」というとても可愛らしい名前は、おいしい物好きの父と子が自分たちのぽっちゃりした体型をユーモアたっぷりに皮肉ってつけたものである。
汪成の半月斎
汪成の店には作り方がまったく変化を加えていない点心がある。たとえばバラ入りのラード年糕は500グラムの米粉に砂糖400グラムという比率を保ち続けている。というのも、生地に卵を塗って揚げるとき、砂糖が足りないと生地が厚くなりすぎて味わいが損なわれるからである。
大多数の点心は減糖と制作プロセスの簡略化で調整する。「玫瑰拉糕」(バラジャム入りラーカオ)はもともと粉1.25kgあたり750gの白砂糖を混ぜていた。現在、汪成は300gにまで減らし、代わりにバラの花びらを漬けて作ったジャムをより多く入れている。そうすることで全体的な分量は変わらない。
伝統的な定勝糕(ディンションガオ)はどれも比較的大きい。寿宴を開くとき、これをいちばん下の段に4.5㎏、最上段には0.5㎏使用して積み重ね、ひとつにまとめる。定勝糕には赤い麹が使われているので、仕上がりの色は桃色になる。汪成は定勝糕をひとつひとつ小型化し、3つで500gにした。また原料も鶏卵を使用することにした。ぶわっと広がる香りとともに蒸しあがった金色の定勝糕は、まるで金錠(古代中国で流通していた高価値の貨幣)のようで、人々を喜ばせている。
定勝糕
茶餐廳のオリジナル点心のなかでいちばん有名なのは「墨竹踏雪団モオジュウタァシュエトゥアン」だろう。昔の蘇州人は微発酵した石臼引き米粉で「油氽餃」(ヨウトゥンジャオ)を作っていた。油で揚げると酸味を帯びた香ばしい香りが漂ってきたものである。人々がもち米の粉で直接に糕団を作るようになるにつれて、この種の軽食は消えてしまった。汪成は店を開いたとき、広東の「咸水角」の作り方にインスピレーションを得て、昔の口当たりそのままの油氽餃を復活させた。油氽餃の餡は昔ながらの白糖と胡麻である。皮に混ぜる竹炭粉は黒く、客に出すときは上に白いヤシの実の千切りを乗せる。こうして完成した一品には美の追求の境地すら感じる。
半月斎が出す点心の基本は伝統を基礎に改良を加えている
西洋のデザートのなかの蘇州の風物
西洋式のデザートでも、蘇州の食材と文化を融合させることで、蘇州菓子の風情を表現することができる。
12月の蘇州の街ではイチョウとモミジが織りなす秋色をなおも見ることができる。そんな街の美景を、金海華・悦食東方・CHAO27のパティシエール楊瑶女は皿の上に移し替える。木犀シロップ入りの生クリームをこんもりとした“山”の上には4、5枚の赤いモミジの葉が飾られている。これはサツマイモ粉とキイチゴ粉を使ってさくっと焼きあげたものである。クリームのなかには木犀のシロップ漬けで煮たナシ、そして冬醸酒ドンニャンジウの味わいを閉じ込めたシャーベットが入っていて、食べるそばからとろっと溢れ出す。
冬醸酒とはほとんどの蘇州の家々が冬至を迎えるときに準備している、モクセイの花の味わいある米酒である。そのため、このデザートをスプーンで一匙口に送ると、そこには蘇州の秋の色と味がすべて入っているのである。
楊瑶女は最初、西洋の焼き菓子の造形力に魅入られ、フランスのル・コルドン・ブルー校へ赴き、洋菓子作りを専門的に学び始めた。技術を身につけ蘇州に帰ったあと彼女が考えたのは、どうすれば洋菓子と中国の、とくに蘇州当地の食材とを融合させることができるかであった。とても中国風の味わいを持つ食材があり、たとえば赤ナツメだ。中国は赤ナツメ類の生産量世界最大である。赤ナツメと補血養生などの効能を結びつけて考えるのは中国人ならではの発想だ。そこで彼女は赤ナツメの味わいに自家製ヨーグルトを合わせたデザートである。
楊瑶女が準備を進めているもう一品――米をテーマにしたデザートは彼女のクリエイティブな発想の象徴である。このデザートの核心は食べると中身がどっと溢れるパフだが、その中には「鶏頭米」(オニバスの実)プディングが入っているのである。
蘇州には糖粥タンジョウといって、糯米と白米をじっくり煮込んだ甜粥の小喫がある。これをみた楊瑶女はイギリスのライスプディングと似ていることに気づいた。彼女が作った鶏頭米プディングはほどよい粘度をしている。現地特産の鶏頭米は普通の白米に比べてよりもっちりとした弾力があるのである。パフの上を飾るのは米漿(米で作った豆乳のようなもの)制の花だ。糕団のように米を全面的に使っているわけではないが、却ってそれが蘇州という肥沃で豊かな大地についての創造性あふれる注釈になっているのである。
鶏頭米プディング