湘西とは湖南省西部一帯を指す。ここではどこまでも連綿と続く山々が現代文明の歩調を緩め、春節の味わい十分な新年の儀式が数多く残っている。やがて春節がやってくる。今年は湘西にあるトゥチャ族ミャオ族の賑やかな集落に足を運び、芙蓉鎮の市へ出かけてみたり、ミャオ族の村で手に汗握る鋼火祭りに参加したり、トゥチャ族の山城に生きる古くて不思議な擺手舞を眺めてみよう。
芙蓉鎮――市へ赴いて籠のなかのトゥチャの春節を感じる
旧暦12月、芙蓉鎮のいちばん賑やかな体験は市へ出かけることだ。ここでは今も変わらず老人たちがわざわざ市街地から車を走らせ市へ向かう。
人波に乗って市に着く。辺りは湘西ならどこでも見かける背負い籠で押し合いへし合いだ。孟宗竹で編んだこの籠の形は多種多様で、容量も極めて大きく、日用品だけではなく子どもを入れることだってできる。市場にひしめくこの背負い籠にいれるのは湘西の自然が生んだ風物なのだ。朝採れの赤・緑ピーマン、トウモロコシ粉を陶器の壺で塩漬けし発酵させた包穀酸バオグゥスァン、酉水河で採れた魚やエビ、蒸した糯米を石桶でついて作った糍粑ツゥバーなどなど……市では色彩豊かで華やかな田舎グルメたちがいろどりみどりの背負い籠ショーを演出している。
地元の特色食材以外にも、ここでは伝統衣装やアクセサリーを身にまとって市へ来ているトゥチャ族が少なくない。今郷民たちが着ているのは体にぴったりと合った心地良い手織り布の服だ。どれもきれいに洗い、ぱりっと糊づけされている。
市に来たなら小喫(おやつや軽食)の店は見逃せない。米豆腐ミィドウフは芙蓉鎮を訪れたなら必ず食べないといけない軽食である。店主は機敏な動作で米豆腐を小さくさいの目切りにして、お湯で十分に温めたあと掬い上げる。肝心なのは調味料だ。醬油、熟成酢、おろしニンニク、辣油で味付けをして、ピンクに色づいた大根漬の千切りを最後に乗せる。よく混ぜてからいただこう。
米豆腐を食べおわったら、青石が敷かれた古い町並みにもう一度戻ろう。百年を超えるここでは千匹以上のラマやウマ、雲集する商人、行き来する人の群れを目にする。ここに広がる光景は、まさにこれから繫栄していこうという様子を彷彿とさせる。
馬頸拗——鋼火焼龍、ワイルドな春節の雰囲気
湘西州の州都吉首市から出発し、国道209号線に沿って車を30分走らせると、馬頸坳マージンアォという苗寨ミャオジュアィ(ミャオ族の村)に到着する。この古鎮では毎年春節の前になると職人たちと強く勇ましい青年たちが元宵節のための鋼火焼龍ガンフゥオシャオロンの準備を始める。
馬頸坳鎮鋼火焼龍は湖南省の省級無形文化財である。湘西の山林に生育する三年ものの孟宗竹は強靭さに優れ、神龍の骨組みを作るのに最適だ。山から切り出された孟宗竹は細く裂かれたあと、龍作り職人の手によって長さ1メートルほどの龍頭の輪郭を形作る。職人はさらにそこに紙を貼り、線を引き、装飾を施し、組み立てていく。これとは別に胴体と尻尾も作る。こうして全長15~20メートルの火神龍フゥオシェンロンができあがるのだ。
龍作りと並行して製薬師たち(鋼火メーカー)も休むことなく鋼火ガンフゥオを作る。これこそが紙龍が生きて火をくぐり抜けるための要である。まず鋸で竹を輪切りにして竹筒を作り、土を詰め、両端に穴をあける。そして硝酸、硫黄、木炭などの原料を比率通りに加えて混ぜ、度数50度の包穀焼酒を加えたものを竹筒に入れ、最後に泥で穴をふさぐ。これで鋼火の完成である。
龍踊りを演じるのは多くが若い男たちだ。頭に被った炭鉱ヘルメット以外に彼らを守るものはなにもない。彼らは盆に乗せて包谷焼酒バオグゥシャオジウ(トウモロコシ焼酎)を思う存分にぐいっと飲み干す。徐々に紅潮する顔、全身にたぎり漲る気合。それを彼らはまさに今夜この一瞬に放出するのだ。
空がだんだんと暗くなる頃、鋼火師は鋼火に火を着ける。すると火炎がまるで滝のように湧き出す。太鼓の叩き手たちが拍子を打ち始め、はじめはゆっくりと、そしてリズムを速めながら焼龍のワイルドな力強さを呼び覚まし、煽っていく。龍踊りは一チーム9人から成り、みな裸で出陣する。しゅうしゅうと鋭い音を立てる鋼火のなかを龍たちは狂ったように互いを追う。「好ハオ!」(いいぞ!)という歓声や喝采が沸きあがり、祭り全体はしばらくの間ごうごうと逆巻く大波のように沸き立ち、狂歓の海岸となる。
場内の太鼓の拍子がますます速さを増していく。最後はまるで餓えた虎が羊に飛びかかるような激しい状態となり、祭りはフィナーレを迎える。神龍のいくつかはすでに焼けてしまい表面三分ほどしか残っていない。肝が据わった演者は思い切って目の前の炎に直接飛び込み、火花のシャワーを浴びる。彼らにとって一年一度の鋼火焼龍は福を祈る儀式であり、成人の儀礼でもあるのだ。
老司城―原始トゥチャ村の無形文化財「擺手舞」
老司城は芙蓉鎮の北側に位置する。トゥチャ族の原始の村を保つここではトゥチャ族の盛大な擺手舞を楽しめることもできる。25平方キロメートルの谷の上には宮殿区、古墳区、生活区と順に展示されており、土司王朝の歴史が眠っている。
老司城の隣の生活区では、古くからの住民たちがトゥチャ族の伝統的な方式を引き続き用いながら今に至るまで変わらず生活している。このトゥチャ族の集落でいちばん目を引くのは、祭祀活動が開かれる擺手堂だ。陰暦の新年を迎えたあと、トゥチャの人々はここで擺手舞を踊る。
擺手舞は祝祭日を祝うための儀式であり、トゥチャ族文化の「百科全書」でもある。トゥチャ族は独自の文字を持たない。そのため舞踏を以て民族の文化と歴史を記録してきたのだ。
擺手舞には擺手歌と呼ばれる歌をリードする祭司もいる。彼らは代々古い歌謡を継承しながらトゥチャ人の創世神話についての理解を歌ってきた。古代の歌のなかでは古くて遠い世界が詠い継がれ、葛藤、カエル、子どもなどの事物が早くから登場する。それはまるでトゥチャ人だけの童話である。